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「40代ひとり暮らしが日本を滅ぼす」というAI提言に対する雑感 [philosophy]

【「40代ひとり暮らしが日本を滅ぼす」NスペのAI提言は本当か】
http://diamond.jp/articles/-/136199



ネット上で、「40代ひとり暮らしが日本を滅ぼす」というワードが話題に上がっているのは知ってはいましたが、詳細は知らないままでした。NHKの番組の内容のことだったんですね。そして、その内容とその解説をしたこの記事はとてもおもしろかったです。

番組内で、AIがどこまで社会課題の解決に役立つのかに挑戦、という試みをしたようです。その結果。AIが導き出した提言が以下。

1、健康になりたければ病院を減らせ
2、少子化を食い止めるには結婚よりもクルマを買え
3、ラブホテルが多いと女性が活躍する
4、男の人生のカギは女子中学生のぽっちゃり度
5、40代ひとり暮らしが日本を滅ぼす

「40代ひとり暮らしが日本を滅ぼす」以外にもこんなに提言があったんですね。

記事内では、

「病院が減ると重症患者は市街に移り住む」「製造業が元気だとクルマ通勤の多い地方都市の労働者が増える」「女子中学生がスリムになると、男性の人生が充実する?それは貧困と肥満との関連?」「正確には、心ならずも40代ひとり暮らしを強いられる人生を歩んでいる人たちを生み出してしまった日本社会が日本を滅ぼす」

などなど、興味深い筆者の分析があります。(詳細は記事をご覧ください)

確かに、AIのこの提言は、因果関係と相関関係が混同しているとも言えます。

A→B(因果関係)
A⇄B(相関関係)

ただ、記事の最初に「人間は感情バイアス、思想バイアスを完全に払拭することができない」と言っている時点で、ある意味、この筆者の分析もどうなのかという話にもなってしまうわけです。^^;

AIの提言内容は確かにぶっ飛んだものですが、現時点で、誰にも正否はわかりません。わからないのですが、いや、わからないからこそ、これらの提言はひとつのヒントとして頭の中に入れておいてもいいのかなと私は思います。

あと、私がもうひとつ思うこと。

現在、将棋において、AIが棋士たちを負かすことは普通になってきてしまいました。人間の棋士がAIに勝つことは今後難しいのかもしれません。

しかし、それはあくまで将棋盤での話

将棋盤の駒たちは決まった動きをします。一方で、現実世界の人間はそうはいきません。

だから、、

AIに支配される側になるか、AIを使う側になるかは、
決まった動きしかしない人間になるかどうか、もしくは、
将棋盤の外を意識できているのかどうかで
決まってくるのではないか

、、と私は勝手に思います。

いつも決まった動きしかしない人は、それは大衆のひとりに過ぎないので、AIに簡単に計算されてしまうでしょう。だから、やはりオリジナリティはこれからの時代は特に重要になってくると思います。

将棋盤の外と言うと、なんだか難しい感じですが、常識から外れるというのも、そのひとつかもしれません。AIはある意味、「感情や思想がない」というのが常識です。

だから、先ほど、感情バイアスや思想バイアスの話をしましたが、見方を変えれば、感情や思想をしっかり持つことこそが、AI時代には逆に大事なことなのかもしれないと思ったりもしました。

別にAIに敵対意識を持つわけではありません。あくまで、AIと独立共存した形を築きたいなという考えです。

そのためにも、どういう意識でAIと向き合っていくかを考えることはとても大事だと思います。

ではでは

AI_chess.png
もしもAIが人類の悪しき未来を予言したならば、それを覆すために、人類はオリジナリティや感情や思想をより強く発揮すべきなのかもしれません。(そうしたら、未来が変わる?)逆にAIの言う通りになりたかったら、逆をすればいい?


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Facebookがメンタルヘルスを悪化させる?(研究結果) [cyber]

【5000人以上を2年間調査してわかった、心と体の健康を害するある1つの習慣とは?】
https://www.lifehacker.jp/2017/07/170719_study-of-shows-this-activity-destroys-you.html



「Facebookの使用は全体のウェルビーイング(幸福、良好な状態のこと)にネガティブな関連がある」
「この傾向は、とくにメンタルヘルスにおいて、強く表れていました。多くの人において、Facebookを一年間使うと、次の年にメンタルヘルスが悪化する傾向が見られたのです。」

要は、

Facebookは心身を、特にメンタルヘルスを悪化させる

その理由は、

「Facebookなどのソーシャルメディアの利用時間が増えると、他人と比べて自分をネガティブに捉えてしまうだけでなく、時間も多く浪費するから。(リアルよりもソーシャルの方に時間をとられてしまう。)」

と、言っています。

だから、心身の健康のために、 Facebookをやめろとまでは言わないが、見る時間を制限した方がいいと記事では述べています。

私も一応、友達限定(非公開)でFacebookやっていますし、それを全否定するつもりはありません。見る時間を制限するという意見もある程度、理解できます。

それも大事だと思うのですが、私はこう思います。

責任は意識(意志)を持つ側にあって、ツールに責任はない
ツールの良し悪しは、使う側が決めること


つまり、Facebookに上記のような悪影響は確かにあるかもしれませんが、最終的に、その影響の良し悪しを決めるのはユーザー側だと思うのです。

これはFacebookに限らないことです。お金も包丁も、薬など、すべてのツールの良し悪しは使い手によって決まると思います。

じゃあ、今回のFacebookの件については、どう使いこなせばいいか?(時間制限以外の方法で)

正直に言うと、私も人様のFacebookの投稿を見て、羨ましがることはあります。(毎日引きこもっている中、外出して楽しそうな友達の投稿を見れば、そりゃあねえ。^^;)

でも、そういう考えに陥りそうになった時、私はいつもこう考えるようにしています。

自分たちに伝わってくる情報は、ほんの一部に過ぎない
Facebookの投稿やテレビニュースは「世の中の突き出た部分(一部)」を伝えているだけ

政治家の汚職ニュース。でも、全員が悪い政治家というわけではない。
芸能人の薬物事件。でも、芸能人=薬物やっているというわけではない。
友達のFacebookにて海水浴の様子の投稿。でも、毎日、海水浴行っているわけじゃない。

すべては突き出た出来事(希有)だから、こちらに伝わっているだけ。つまりレアケースばかりがこちらに伝わってきている状態。

こう考えれば(実際そうなんだけど)、Facebookの投稿にいちいちメンタルヘルスがやられることもないと思うのですがいかがでしょうか。

この考え方はFacebookの件に限らず、大事だと思うます。

一部を見て、全部と思うな
一部を見て、全判断するな(推測はいいけど)

、、ってことです。

私が●時に起きたことや、寝癖のまま日々、創作活動していることは、Facebookに投稿もされませんし、もちろん、ニュースにもなりません。たまにわいわい飲みに行った時は、私もうれしくって、投稿するかもしれませんが、投稿されない情報と投稿される情報、言い換えるなら、日常とレアケース、どちらが本質的に小形誠を構築しているものかは説明するまでもないでしょう。

そういう意味で、自分たちはレアーケース情報ばかりに囲まれて生きているのです。

なーんて、

Facebookはメンタルヘルスに良くないという話から、ちょっとおおげさに話を展開してみました。
(Facebookを使う時間の長さも大事だけど、使う意識のあり方も大事ってこと)

ではでは


facebook_mental.png
Facebookに比べて、ツイッターは「今起きた」とか、日常のくだらない情報とかが溢れているから逆に好きだったりします。(ツイッター派の私です。^^)


テニスの勝敗は唸り声の高低で決まる?英研究 [sports]

【テニスの勝敗は試合中の唸り声で決まっている?英研究】
http://newsphere.jp/culture/20170718-4/



ウィンブルドンテニス、男子では、フェデラーが史上最年長で見事優勝しましたね!(自分の年下だけどね^^;)

そして、これ、興味深い研究ですよね。

・テニスの試合中に発された選手の唸り声は、試合に負けた時の方が勝った時よりも高い声である
・テニス選手に他の選手の負けた時と勝った時の唸り声の短い映像を見せると、映像を見たテニス選手にはどっちが負けた時のものかがわかる
・テニス選手の唸り声は選手の状態を教えてくれる有益な情報源になりうる
・攻撃的な吠え声や恐怖の叫び声といった人間の発声が、人間の発声行動の進化に関する更なる手がかりを持っている

以上、記事引用参考。

試合に負けた時の方が唸り声が高い

なんとなくわかるような気がします。例えば、1000本ノックのようなテニスの猛特訓をしている選手を想像してみてください。たぶん、最後の方の追い詰められた状態の時の声は、ちょっと泣きの入った、高い声になりそうですよね。逆に、余裕がある時は、低めに唸る感じ。

確かに、唸り声でその選手の調子やメンタルの状態はわかるかもしれません。

さらに言うと、
実は、音楽家の視点でも、同様のことが説明できると思うのです。

高い声を出すという行為は、声帯を狭める行為でもあります。つまり、呼吸としては困難になります。
低い声は逆に、高い声に比べて声帯が広がっている状態なので、呼吸は比較的、楽です。

まとめると、

高い声=声帯狭め=呼吸苦しい
低い声=声帯広め=呼吸が楽

逆に言えば、

苦しいから→高い声になる
余裕がまだあるから→低い声になる

、、とも言えると思います。

「試合に負けた時の方が唸り声が高い」の説明として十分、理にかなっているのではないでしょうか。

今度、唸り声を気にしてテニス観戦してみるのもいいかもしれませんね。

ただ気をつけなければいけないのが、これは、A選手とB選手が試合をしてて、B選手の方が唸り声が高いから負ける、という話ではなく、A選手が普段より高めの唸り声なのか、低めの唸り声なのかという話です。

だから、普段からその選手の唸り声を聞いていて、普段より高いか低いかを判断しなければいけません。(難易度高い?)

もっと言えば、声の調子でその人の調子がわかるという話は、テニスに限らないと思います。

大切なあの人の声も普段からよく聞いておくのもいいかもしれませんよ。
声の変化で何かがわかるかもしれません。

ではでは

tennis_voice.png
高い声=苦しい、低い声=余裕がある、とイメージしておくと、また違った見方が色々できて面白いかもしれません。例えば、「はっはっはっ」という低い笑い声は、余裕を持った笑い方とかね



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100歳まで長生きするためにやるべきこと [health]

【100歳まで長生きしたいあなたがやるべきこと】
http://gigazine.net/news/20170714-how-to-live-to-100/



人生100歳時代とも言いますからね。
元気に長生きするためにチェックしていきましょう。

・外食をやめて、週5回以上自宅で食事をとる。
 (自分の体を考えて作れるから、自然と健康になるよね)
・ベジタリアンは早死のリスク減。ソーセージなどの加工肉はなるべく避ける。
 (昔はベジタリアンだったんですけどね。何事もほどほどがいいと今は考えてます。)
・オスカー賞受賞者は4年長生き。ノーベル賞受賞者は1、2年長生き。
 (ちょっと、これは無理かな。。グラミー賞も受賞したら長生きできるのかな^^;)
・標高1800m以上の高所に住むと長生きしづらい?
 (血圧に影響するからかな?)
・緑茶と魚をよく摂る。
 (昔から日本人の長生きの要因と言われていますね)
・1週間に少なくとも150分間の運動をする
 (一日あたり20分くらいの軽運動が体に良いという研究結果もありますもんね)
・ショッピングも立派な運動。つまり、ショッピングでも死亡リスクが減る。
 (ショッピング好きの女性の買い物に付き合うと男女ともに長生きできるかもしれませんね)
・月に1
回よりも週に2、3回のセックスで心臓病リスク軽減。
 (長生きの人はお盛んという認識でいいのかな?^^;)
・平均睡眠時間が6時間未満は心臓病リスク増
 (人生の4分の1以上費やす睡眠はやはり絶対的に大事な要素です)
・悲観的な人は楽観的な人よりも早死にしやすい
 (悲観的な長寿の人って見たことないもんね)
・文化、民族的要素も影響?アメリカ人よりもヒスパニック系の人の方が長生き。家族のつながりの強さが要因?
 (日本人は家のつながりが強かったから長寿大国になったけど、今後はそうもいかなくなるかもという見方もできる?)
・娘を持つ父親は息子を持つ父親より長生き
 (よし!週2、3回励んで、娘を作ろう!笑)
・双子を持つ母親は長生きしやすい
 (最近は、排卵誘発剤によって双子も生まれやすいからねえ)
・ゲイはカップルであるほど死亡率が低い
 (これはゲイに限らず、孤独か孤独じゃないかが大きいかも)
・争いの絶えない夫婦は健康状態が悪い
 (そりゃそうでしょ。^^;)
・早く仕事を辞める人よりも好きな仕事を持って生涯現役の人の方が長生きしやすい
 (私、長生き確定しました。笑。まあ、生きがいが大事なんだろうね)
・犬や猫を飼う人の方が、そうでない人より長生きしやすい
 (確実にヒーリング効果があるからねえ)
・とにもかくにも、「健康な食事」「適度な運動」「瞑想」「家族や友人のよいサポート」という要素によって、長生きすることが可能になる。

以上、記事引用と勝手にコメント。

ただ長生きするのではなく、長く元気でいたいですね。その辺のヒントも上にあるかもしれません。

自分はあとどれくらい生きれるかな?平均寿命で考えると、あと40年くらいしかないな、、、と考えてしまうのは実は大きな間違いです!!

平均寿命とは別の言い方をすると、「0歳児が、あと何年生きれるかという、0歳児の平均余命」のことです。平均であとどれくらい生きれるかと考えるなら、私の場合、38際の平均余命を確認しないといけません。

この辺を勘違いしている人は、私の昔のブログも確認してみてください。

【平均寿命という言葉&数字のマジック】
http://gata.blog.so-net.ne.jp/2013-06-19

まあ、寿命や健康に対して変に神経質になりすぎるのもいかがなものかなとも思います。

上述のように、楽観した方が長生きできそうですし。

将来の不安のために、今の予防?対策?良薬は口ににがし?

今→未来のパターンを考えてみる。

今、苦しんで→未来、苦しい
今、苦しんで→未来、楽しい
今、楽しんで→未来、楽しい
今、楽しんで→未来、苦しい

おおまかに、4パターンあると思いますが、いつ死ぬかわからないことを考えると、矢印の部分がいつ分断されるかわからないってことです。

そう考えると、今、楽しんでを絶対選ぶべきですよね。

少なくとも、今の部分に「楽しい要素」は絶対取り入れるべきだと私は思うのです。(どんなに大変な時期でもね)

うーん、見事にわかりにくい説明!

まあ、

存在しない未来よりも、存在する今を楽しめ!ってことですね。(最初からそう言え^^;)

上の長生きのヒントはなんとなく(気楽に)取り入れつつ、今を楽しみましょう。(今の健康にも役立つかもしれませんし)

ではでは

old_age_100.png
100歳まで長生き」ではなく「100歳までに●●をする」を私は考えたいですね。(100歳でなくてもいい)ただ生きるのではなく、私は何かをしたいのです。


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この世は不平等か?実力主義か? [society]

【不平等が拡がっているが、これまで以上に多くの人が気付いていない】
http://newsphere.jp/national/20170710-2/



興味深い記事。

記事によれば、、、

・アメリカにおいて、所得トップ10%の人々は総所得の30%を受け取り、総財産の4分の3以上を所有。これは、1920〜30年代よりも悪い数値。
・格差が拡がり続けているのに、それらが人種、性別、家族の資産等に影響されるという事実に、ほとんどの人が気付いていない。つまり、ほとんどの人々は社会を実力主義であると考えている。(アメリカに限らず世界的にこういう傾向)
・富裕層と貧困層の格差が拡がるほど、お互いの層が分離され、不平等の拡大という全体像(事実)が見えにくくなっている。
・人種や家庭環境など、均一的な人間関係の中で生活する人は、実力主義な視点を持つようになる。反対に、色々な人間関係の中で生活する人は実力主義に批判的で、不平等について深く理解するようになる。
・将来を担う若者たちに不平等なこの世界をより深く理解してもらうためには、若者たちが、人種や居住地域など、多くの種類の人たちと交流を持つような環境を形成してあげることが重要。

、、、以上、記事引用参考(要約)

世の中は不平等だし、不条理であるのも事実。ただ、努力次第で変えられる部分があるのも事実。(実力主義な世界であるのも事実)

またまた、小形の必殺技。この問題も白か黒かでは考えません。笑

私がいつも思うのは、

成功している人間は「この世界は実力主義だ」と言い、うまくいっていない人は「環境のせいだ(自分の実力のせいではない)」と言う。

これ、ひとつの傾向としてあると思うのですが、いがでしょうか。

なぜそうなるかは簡単な論理です。

成功者は自分の頑張りで成功したと言いたい。(自分がすごいと言いたい)
失敗者は自分の実力で失敗したと言いたくない。(自分は悪くないと言いたい)

どちらも、自分というものを貶めたくない、下げたくないんですよね。(まあ、人間だもの)

上の記事と合わせて考えると、

この世は実力主義だと言っている人は、
成功者、均一的な人間関係の中で育ったり、生活している可能性があるかもしれません。


この世は不平等な世界だと言っている人は、
不成功者、様々な人間関係の中で育ったり、生活している可能性があるかもしれません。


まあ、これはあくまで、面白おかしくまとめた傾向です。

ただ、思うのは、

この世は不平等だとか、不平や不満ばかり言っている人で成功している人を私はそんなに見たことがありません。

個人的には、
宿命(性別、人種など)は変えられませんが、運命(人生の送り方)は変えられると思っています。

変えられないことについていつまでも不平不満を言うことは無意味だと思いますし、どうせなら、その不平不満の力を変えられる部分に費やした方がよっぽど意味があると思います。

変えられないことを受け入れつつ、変えられることをがんばっていく。

そうそう、
変えられないこと=不平等、不条理、と言うこともできるのかもしれませんね。

つまり、
この世の不平等や不条理を受け入れつつ、できる限りの実力主義を発揮していく

これが、「不平等」と「実力主義」に関する、都合の良い小形的解釈です。^^(白か黒かではない)

他人や世界は(急には)変えられないけど、自分を変えることはできる

こういうふうに言い換えることもできるかもしれませんね。^^

世の中には、変えられないこと、変えられることがいっぱい溢れています。これは絶対的な事実、現実です。受け止めて、邁進していきましょう。

ではでは

slum_gap.png
こうやって、不平等でもあり、実力主義でもある、と中途半端なことを言っている私は、成功者でも不成功者でもないのかもしれませんね。^^;


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いい人は良いこと?悪いこと?作曲家の勝手な「いい人論」 [philosophy]

【他人と摩擦を起こすことを避ける?「いい人」ほど組織で埋没する根本的理由】
http://news.livedoor.com/article/detail/13303414/



いい人になりたいですが、いい人で終わりたくもないなって、いつも思う私です。^^;

記事によれば、、、

・「成功者には、いい人よりも変人が多い」
・いい人は他人と摩擦を起こすことを避けます。波風が立つことなく、快適に過ごせるから。
・いい人の度が過ぎると、「いい人」から「どうでもいい人」へ変化。
・成果を出すには、摩擦は必要悪と考え、それを恐るべきではない。
・他人に迎合するだけのいい人は、物事に対する自分なりの判断軸や価値観をしっかり持っていない。
・いい人ばかりの組織は、組織の不正が正されないなどの、弊害もある。

、、、以上、記事引用参考。

「いい人をやめれば人生はうまくいく」という著者のインタビュー記事だけあって、脱いい人を強調するような内容になっていますが、、、いい人はいい人で絶対必要ですし、人それぞれなんだから無理に脱いい人をする必要はないと私は思います。

ここで言う、いい人というのは、上述のように摩擦がない人なんですよね。でも、摩擦がない人間がいるからこそ組織が成り立つとも言えるわけです。だって、上からの指示に部下がいちいち反発(摩擦)があったら、成り立たないでしょ?^^;(社長→部長→課長→係長→社員、という矢印に無駄な摩擦がないからこそ、組織運営もしやすい)

要は、

良い悪いではなく、いい人が向いている人もいれば、いい人が向いていない人もいる
成果(成功)を求めるならいい人はやめた方がいいかもしれないし、そうじゃないなら、いい人で立ち回るのもあり

、、だと私は考えます。

いい人が良い悪いの極論ではなく、自分はどっちのタイプなのか、どっち方面に行きたいのかをまず考えることが大事なのではないでしょうか。

記事の中の摩擦という表現もおもしろいなと思いました。

確かに、物理法則で考えてみても、

重量(重さ)や質感など、摩擦が多い物体はやはり存在感は大きいですし、
重量(重さ)や質感など、摩擦が少ない物体はやはり存在感はなくなります。(極論、空気とかね)

空気みたいな存在にはなりたくないですが、まあ、空気も大事っちゃ大事です。^^;

もしかしたら、

重量=(社会的)立場の重さ、大きさ
質感=信念、考え方

、、とも言える??

立場が大きいほど、摩擦は増えるし、存在感が増す

信念や考え方が異質なほど、摩擦は増えるし、存在感が増す

、、と言うこともできるのかもしれません。
このふたつは、いい人度を決める大事な要素なのかもしれませんね。

内弁慶という言葉がありますが、考えようによっては、内弁慶みたいな人も全然ありだと私は思っています。家庭外では組織で必死に生きるためにへこへこして、家庭内ではえっへんと大黒柱の役割を果たすみたいにね。

何が言いたいかというと、

世の中、なんでも全否定か全肯定みたいに、なんでも白黒的な論理が多いですが、私はもっとバライエティに富んだ解釈をして欲しいなと思っています。(灰色とか、ケースによっては黒、ケースによっては白みたいな)

だから、この「いい人議論」も、いい人であるべきか、じゃないべきかという白黒論ではなく、中間的いい人もありだし、内弁慶のような、組織ではいい人だけど、家庭内ではそうではない、みたいなのもありだと思っています。

まあ、人それぞれと言ってしまったら、それまでですが、^^;

いつ、どういう時、どういう環境下(ケース)ならいい人になる、ならないとか、どの程度いい人になるとか、

つまり、

いい人であるべきかどうかではなく、自分の「立場」と「信念」を基準に、いい人というツールを使い分けていったらいいんじゃないのかなと思います。

ここではいい人になるけど、あそこではならない、みたいに。^^;


もちろん、その「立場」と「信念」はしっかりと論理的に説明できるものでなければなりません。(意見を言いたいだけなのかどうなのか、なんでもかんでも反対したり、賛成したりする人はこの辺が欠如している可能性も?)

ということで、
自分の立場と信念を今一度、確認して、自分のいい人具合を探っていきましょう。使い分けていきましょう。

ではでは

iihito.png
組織人と一匹狼の私とでは、もちろん、いい人論理は変わってきます。(ここでは立場の違いね)理想論を言えば、いい人でなおかつ存在感のある人になりたいし、成果もあげたいんですけどね。。そのためには、いい人の中でも異質(摩擦)な感じになればいいのかな?(ここまでくると、話が終わらないな、こりゃ^^;)


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来年、129年ぶりに1kgの定義が変わる。ルールが変わる。 [science]

【もうすぐ「1kg」が変わりそう】
http://www.gizmodo.jp/2017/07/new-one-kg.html

【重さの単位「キログラム」の定義 129年ぶりに変更されることに】
http://news.livedoor.com/article/detail/13233792/



私たちの生活にも馴染みのある「kg」という単位。2018年11月、なんと129年ぶりに新しい定義を公開、更新するようです。

多くの単位が世界には存在しますが、特に大事な7つの単位のことを「SI基本単位」と言うそうです。キログラムはその一つです。(その他の多くの単位がこの7つの組み合わせや換算によって定められている)

ちなみに、SI基本単位の7つとは、
「長さ:メートル(m)」「質量:キログラム(kg)」「時間:秒(s)」「電流:アンペア(A)」「温度:ケルビン(K)」「光度:カンデラ(cd)」「物質量:モル(mol)」のことです。

今、現在、キログラムの単位の定義はフランスにある「国際キログラム原器(IPK)の質量」という円柱の合成金に基づいています。これは40個の複製が作られ、日本には6番目のものが1890年に来たようですが、オリジナルのものより0.176mg重いことが判明しています。

汚れの蓄積や酸化による物質の変化もあるでしょうから、本当にセンシティブな問題です。

ただ、今回、新定義されるキログラムは電磁力ベースのもの。その辺の問題はクリアになるのかな?特殊相対性理論とプランク定数によるものみたいですが、個人的に思うのは、相対性理論を否定する意見も最近ちらほら出てきているので、相対性理論が万が一破綻したら、またやり直しなのかな?と^^;

おっと、ここまで、つまらない人にはつまらない話をダラダラと書いてしまいましたね。。

自分が使っている体重計は今後どうなるの?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、問題ありません。単位の新定義によって、影響を受けるのは、製薬会社や物理学者、警察組織の鑑識といった、ものすごい精度を求められる現場です。(ゼロコンマいくつの世界の話なので)

でも、こういう記事を見て、改めて思うのが、

世界を支配しているのはruler(ルールを作る者)だなってこと。(実際、rulerは支配者と訳すらしい。)

音楽に関しても、音楽を作る者よりも、その音楽を取り扱うルール(仕組み、プラットフォーム)を作る者、決める者の方が断然強いのです。

クリエイターやプレーヤーよりも、ルールを作るルーラーの方が断然強い

先ほど、キログラムの新定義で私たちの生活に直接的な影響はないと言いましたが、考えようによっては、製薬や物理学、警察の鑑識などで影響があるということは、間接的ではありますが、「根本的なところ」で私たちに影響があると言ってもいいのではないでしょうか。

ちなみにですが、先日7月1日に18際未満の雇用禁止に関する都の条例が施行されたことを知っている都民はどれだけいるのでしょうかねえ。

このように、ルーラーは私たちの感知せぬところでどんどん根本的なルールを作り出していることが結構多いです。

作り出されたルールの上で動き回るプレーヤーの私たちは何ができるというわけではないですが、

ルーラーが作ったルールの上で私たちプレーヤーは常に生きている

、、ということを意識するだけでも大きな意味はあると思っています。

都議選投票率が51.28%だったことを受けて、こんなことを思ったのでした。(半分って少なすぎでしょ!!)

ではでは

kg_cylinder.png
ルールを作れる側の人間はほんの一握りです。じゃあ、ルーラーになりたい?と聞かれれば、私はなりたいとは思いませんね。(選挙などで関与はしたいけど)だって、クリエイター、プレーヤーも楽しいですから。(音楽作るの楽しい^^)


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スマホの近くにいるだけで能力低下?(テキサス大学研究) [cyber]

【「スマホがそこにあるだけ」で無意識のうちに脳のパワーが消費され勉強や仕事のパフォーマンスが落ちてしまうことが判明】
http://gigazine.net/news/20170628-smartphone-presence-reduce-brain-power/



「スマホが近くにあると気が散って集中できない」
なんとなくわかっていたことですが、研究によって改めて明確な事実となりました。

記事によれば、、、

・被験者800人を、机の上にスマホの画面を下にして置く、ポケットに入れる、バッグに入れる、隣の部屋に置いておくのグループに分け、課題をしてもらいました。結果、スマホを隣の部屋に置いたグループが最も良い結果を示し、机の上にスマホを置いたグループが最も悪い結果を残したとのこと。(スマホはすべてサイレントモード)(ポケットに入れたグループとバッグに入れたグループは、隣の部屋に置いたグループよりもやや低い結果)

・スマホの電源がオンかオフか、机の上のスマホの画面が上向きなのか下向きなのか、では結果に大きな違いは出なかった。

・つまり、スマホが目の前にあること、すぐに手の届く範囲内に保管されていることが大きな要因。(物理的距離が問題)

、、、以上、記事引用参考。

ヘッドホンをしながら作業していると着信などに気づかないので、極力いつも携帯やスマホを目の前に置いている私には耳が痛い情報です。。

程度差はあるにしろ、スマホが机の上、ポケットの中も、バッグの中でも、能力低下の傾向が見られたということは、逆に言えば、そのスマホの悪影響をなくすためには隣の部屋に置くというような、自分とスマホを完全分離するしかないわけです。

改めて考えてみると、そんな状態、なかなか無いですよね。。

テレビを観ながらスマホを触る。授業中(勉強中)の机の上のスマホ、トイレでのスマホ、仕事中のスマホ、、、、どこでもよくスマホを触っているような、、、。

うーん、、、私たちはもしかしたら、スマホによって、本当の意味で全力で集中してそれらに取り組めていないのかもしれません。。(本気で集中して、うん●もできていないかもよ。笑)

スマホ依存度が高いほど、この能力低下の傾向が強いようです。スマホ依存傾向が高い若者世代はより注意が必要かもしれません。

最近、眠りが浅いような気がする私は、その原因がもしかしたら眠る自分の手の届く範囲にスマホがあるからかもと、ちょっと思ってしまったりもしました。(スマホのせいて全力で集中して眠れていない?)

みなさんも、生活においてのスマホとの距離感。そして、スマホによる能力低下が起きていないかというのを今一度考えてみてください。

ではでは

smartphone_study.png
私見ですが、スマホによって、多くのことが表面的になりつるあるような気がします。ただでさえそんな状態なのに、スマホの近くにいるだけで能力低下と言われたら、ちょっといろいろ考えちゃいますね。


(悲報)音楽教育によって子どもが利口になるという確固たる証拠はなかった。(リバプール大学研究) [music]

【「音楽を習うと子供が利口になる」という証拠はない】
http://newsphere.jp/culture/20170623-2/


音楽をやる者としてはそんなにお届けしたくない情報ですが、公平にいろんな情報をお届けしたい信条に従って、今日も変わらず書いていきましょう。

記事によれば、

・音楽教育が子どもの認知能力や学力を高めると主張する研究はいくつも存在。しかし、これらの実験結果はまちまちで、音楽の好影響を決定的に結論付けることはできない

・今までに確認された音楽の恩恵は、おそらく音楽に限ったものではなく、新たな活動に関与する、という行動自体によるもの。つまり、音楽によって生まれた興奮状態(刺激)が他へのプラス効果を生んだに過ぎない。(それは別に音楽でなくてもいい)

、、以上、記事引用参考。

今まで、子どもの音楽教育の効果をうたう、たくさんの研究や実験があったけれど、改めて、それらを検証してみると、そうとは言い切れないんじゃないかって話。

記事の中では、ピアノなどを例にこう言ってます。

ピアノや歌唱を学んでいると賢くなるのではなく、
賢い人間は大体何でもできるから、結果として、ピアノや歌唱もうまくできる

つまり、

音楽をする→賢くなる、、、のではなく
賢いから→音楽もできる

スポーツで例えると、

サッカーをする→運動神経が良くなる、、、のではなく
運動神経がいいから→サッカーもできる

まあ、運動神経良かったら、たいていのスポーツできるでしょ。(頭良かったら、音楽含め、
たいていのことをすぐに習得するでしょ、とも言える)

ああ、何と優しさのない残酷で冷静な事実。。

でも、音楽家として、ちょっとくらいフォローさせてください。

確かに上の情報は一つの事実として受け止めるべきかもしれません。ただ、記事の中で述べている、「学習の移転」は見逃していはいけないポイントだと思います。

「学習の移転」=特定の分野で獲得したスキルが他の一般的な認知能力を高めるのに役立つというもの。

学習の移転の言葉を見て、私がすぐに思いついたのが、甲子園球児の受験勉強のケース。甲子園球児の受験勉強の本格的スタートは他の高校生に比べて、遅いものになりますが、統計的にみると、甲子園球児の受験結果はとても優秀であるというデータがあります。内容自体は、野球と受験勉強とでリンクする部分はほとんどないように思えますが、やはり、これも学習の移転効果と言えるのではないでしょうか。何かに打ち込んだ情熱は他の分野でも活躍するとも言えますね。

こういう点から考えると、親は子供に対して、音楽など、「何を習わせるか」を考えるより、「何だったら、夢中になるか、熱中するか」というのを考えた方がいいのかもしれません。

あれ?音楽のフォローをするつもりが、、、

そうそう、学習の移転は確かに、野球と受験勉強のように、関連性はそんなになくても良さそうですが、関連性があった方がその効果はより発揮できるのではないかと私は考えます。(サッカーを一生懸命やってたら、足が速くなった、みたいにね)

音楽教育で足が速くなることはありませんが、(ダンスは上手くなるかも?)

・耳、目、鼻、口、時には肌?のように、五感をフル活用しています。
・楽譜読みのように、暗記力、予知能力も鍛えられます。
・感情を動かすことに長けてきます。
・表現方法が豊かになります。(叙情性?)
・音楽は時間芸術。時空に関しても敏感になります。

などなど、、いくらでも書けてしまうので、この辺にしておきますが、例えば、将棋は耳や口などはあまり使わないでしょう?(急に将棋に対抗意識^^;)

、、、いい加減、まとめましょう。。

・音楽教育は子供を利口にするという確固たる証拠は確かにない。
・子供教育は何を学ばせるかよりも、何かに熱中させることだ。
・それが結果として、学習の移転効果によって、他の部分にも好影響をもたらす。
・学習の移転は関連性をあまり重要としないが、多くの能力要素を高めるのに、音楽はやはりおすすめ。

最初に公平に情報をと言っておきながら、最後は音楽家ならではの意見になってしまいました。^^;

とりあえず、
私の音楽への情熱(学習)はブログに良い感じに移転されているでしょうか?
もしくは、ブログの情熱は音楽へ移転されているでしょうか?^^;

ではでは

music_education.png
何かに夢中になる、熱中する、情熱を注ぐこと。研究結果とか云々じゃない、それらは絶対に何かの糧になることは100%断言できます。


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AIで作曲が可能。誰でもミュージシャンになれる時代へ。AIと作曲についての作曲家の雑感。(現段階) [music]

【AI作曲で「誰でもミュージシャンになれる」未来は来るのか?】
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170619-00016629-forbes-sci



Aiの凄まじい進化に対して、クリエイターの友人たちと戦々恐々とする日々の私です。^^;

記事にも書いてあるように、AIの作曲技術は既に相当なレベルになっており、10年以内には誰でもAIを使ってオリジナルの音楽を作れるようになるとも言われています。(たぶん、10年よりもっと早いんじゃないかな)

今では、自動運転、囲碁や将棋、医療、下手な絵をプロレベルに進化させるAIだってあります。音楽、作曲もその流れから逃れることはできないでしょう。

前にテレビで観た、囲碁のAIの話がとても印象的に残ってます。AI同士で囲碁の対局を無数(24時間稼働)に繰り返すことで、人間で言うところの8万年分の対局知識を手に入れて、AIの囲碁ソフトは進化を続けているようです。(ディープラーニング)これに沿って考えれば、過去のヒットソングの傾向や音階やリズムの組み合わせを、Aiがそれこそ、8年分試行錯誤した上で、音楽を作り出せれば、相当すごい音楽が生まれることは容易に想像できます。

結局、音楽は音階やリズム、ハーモニーの組み合わせですからね。そういう点で考えると、絵などは組み合わせではない分、人間にも勝算はあるのかもしれません。

「組み合わせ」系はAIにすぐ駆逐される?
「非組み合わせ」系はAIにすぐには駆逐されない?

、、と考えることもできるのかもしれません。

非組み合わせ系って、絵以外だと何があるかな?ダンスとか?(芸術以外の例えがすぐ出てこない^^;)

AかBかではなく、無限の色のように、AとBの間に無数の選択肢があるようなものは、やはり、簡単にはAIに取って代わられることはないのでしょう。

もしかしたら、人間の思いや感情が、それにあたるのかもしれません。

将棋の藤井氏が話題になっておりますが、藤井氏の指し方はAIの指し方と似ているらしいです。実際、藤井氏は一年くらい前から、AIソフトを活用しながら将棋を勉強しているようです。あの有名な羽生氏も、「AIをただ恐れるのではなく、それを活用して、今までに無い手を生み出し、将棋の可能性を広げられるのではないか」みたいなことをおっしゃってました。

その辺は、私も同意見で、いくら作曲AIが進化しようとも、それをひとつのツールとして、活用できたらいいなと思っています。素人が作曲AIで曲が作れるようになる一方で、プロの作曲家も作曲AIを活用して、さらにすごいものを作る、というイメージ。もしも、その流れの中で、この両者に差が無くなってしまうのであれば、それは私が作曲家の肩書きを捨てる時ですね。(でも、ケースを変えて考えると、プロの運転手が自動運転システムを導入しても意味はないか。。)

AIと音楽について、語り出すと、もう止まらないので、この辺でまとめておきましょう。^^;

組み合わせ系はAIに簡単に駆逐されてしまうのなら、非組み合わせ系の要素で勝負すべき。
それは、例えば、12種類以上の音階を作る?使う?無限の音色?その中で一番重要なのは感情や思いなのかもしれない。そこに個人的な感情(思い)を込めることこそが重要。(それが人間らしさ)

AIを恐れるな。AIを利用して、さらなる上の自分の音楽を作り出すくらいの気概でのぞめ。

これが、AIと音楽についての現段階の小形の考え方です。(後々変わるかもだけど)

このテーマに関しては、今後もずっとつきまとうものだと思うでの、また、いつか書くと思います。

とりあえず、

今あるツールと実力で感情(思い)を込めて、全力で音楽を作ります!いけるところまでいったる!

雑感、失礼しました。

ではでは

AI_musc.png
あと、体もしっかり鍛え直そうと思いました。(健康とかね)知能も大事ですが、動かせる、表現できる体も大事ですから。心技体、それこそが人間ですから。人間の価値ですから。


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